2022.06.27
21 固定観念を捨てろ! 良質の油を味方につけて筋肉をつける
固定観念を捨てろ!「良質な脂質」を戦略的に摂取し、筋肉の成長を最大化する
「ダイエットや筋トレにおいて、油(脂質)は大敵である」—— 。これは、長い間、多くのダイエッターやトレーニーの間で信じられてきた常識でした。カロリーが高い(1gあたり9kcal)脂質をカットすることが、体脂肪を減らし、筋肉を際立たせる最短ルートだと考えられてきたのです。
しかし、現代の栄養学とスポーツ科学の知見は、この古い固定観念を明確に否定します。すでに説明したように、脂質はタンパク質、炭水化物と並ぶ「三大栄養素」の一つであり、人間の生命維持と身体機能の最適化に絶対に欠かせない栄養素です。
この事実は、筋トレと筋肉の成長(筋肥大)においても全く同じことが言えます。
なぜなら、脂質(特に特定の種類の脂質とコレステロール)は、筋肉を育てる最強のホルモンとも言われる「テストステロン」の主原料であり、その分泌を促すからです。
男性は20代をピークに、加齢によってテストステロンの分泌が徐々に減少すると言われています。女性にとっても、筋肉の合成、維持、さらには意欲や全体的な健康状態を保つために、テストステロンは(男性より量は少ないものの)極めて重要な役割を果たしています。
脂質の摂取量が不足すると、この重要なホルモンの生成が滞り、どれだけハードなトレーニングを積んでも、筋肉の成長が停滞してしまう可能性があるのです。
ただし、ここで強調しなければならないのは、私たちが味方につけるべきは「良質な油」に限った話であるということです。
ジャンクフードや安価な加工食品に多く含まれる「悪質な油(トランス脂肪酸や過度に酸化した油)」は、テストステロンの分泌を妨げるだけでなく、体内で慢性的な炎症を引き起こし、筋肉の回復を遅らせ、健康全体を蝕む原因となります。
この記事では、「脂質と筋肉(テストステロン)」の関係を科学的根拠に基づき徹底的に深掘りし、なぜ「油抜き」が筋トレに逆効果なのか、そして、どのような脂質を、どれだけ、どのように摂取すれば筋肉の成長を最大化できるのかについて、専門的かつ具体的に解説します。
1. 脂質が「テストステロン」の原料となるメカニズム
なぜ脂質がテストステロンと関係するのか? その答えは、テストステロンが「ステロイドホルモン」と呼ばれるホルモンの一種であることにあります。
体内のステロイドホルモン(テストステロン、エストロゲン、コルチゾールなど)はすべて、共通の物質から作られます。それが「コレステロール」です。
コレステロールと聞くと「体に悪いもの」というイメージが先行しがちですが、実際には細胞膜の構成成分であり、ホルモンの「設計図」とも言える非常に重要な脂質の一種です。
テストステロンの大部分は、男性では精巣(睾丸)にある「ライディッヒ細胞」、女性では卵巣や副腎で、このコレステロールを原料として合成されます。つまり、体内に十分なコレステロール(と、それを運搬・合成する脂質)がなければ、テストステロンを作り出す工場は「原料不足」で稼働停止に陥ってしまうのです。
食事から摂取する脂質、特に「飽和脂肪酸」や「一価不飽和脂肪酸」は、このコレステロールの体内レベルを適切に維持し、ライディッヒ細胞の活動を活発にするために不可欠です。
実際に、多くの研究が低脂質食(総カロリーに占める脂質の割合が20%未満、特に15%を下回るような食事)を続けると、血中の総テストステロン値およびフリーテストステロン値が有意に低下することを示しています。筋肉を本気で育てたいトレーニーにとって、「極端な脂質制限」は自ら筋肥大のブレーキを踏む行為に他ならないのです。
2. 筋肉のために「選ぶべき脂質」と「避けるべき脂質」
脂質と一口に言っても、その種類は多様であり、体への影響も全く異なります。テストステロンレベルを維持・向上させ、筋肉の成長をサポートするためには、脂質の「質」を見極めることが最も重要です。
A) 積極的に摂取すべき「良質な脂質」
① 一価不飽和脂肪酸 (MUFAs)
- 特徴: オメガ9系脂肪酸(オレイン酸など)が代表的。常温では液体ですが、低温で固まりやすい性質を持ちます。体内で比較的安定しており、酸化しにくいのが強みです。
- 筋肉への効果: 複数の研究で、一価不飽和脂肪酸の摂取量が多い食事パターン(例えば「地中海式食事」)が、テストステロンレベルの維持または向上と関連していることが示唆されています。また、悪玉(LDL)コレステロールを下げ、善玉(HDL)コレステロールを維持する働きがあり、血管の健康、すなわち筋肉への栄養素運搬の効率化にも寄与します。
- 主な食材:
- エキストラバージンオリーブオイル: 加熱しない料理(サラダドレッシングなど)に最適。
- アボカド: 「森のバター」とも呼ばれ、ビタミンEやカリウム、食物繊維も豊富。
- ナッツ類: アーモンド、マカダミアナッツ、ヘーゼルナッツ、ピスタチオなど。
- 菜種油(キャノーラ油): 加熱用としても比較的安定していますが、オリーブオイルとの併用が望ましいです。
② 多価不飽和脂肪酸 (PUFAs) - 特にオメガ3系
- 特徴: 人間の体内で合成できない「必須脂肪酸」であり、食事から必ず摂取する必要があります。オメガ3系(EPA, DHA, ALA)とオメガ6系(リノール酸)に大別されます。
- 筋肉への効果 (オメガ3系):
- 抗炎症作用: ハードなトレーニングによって生じる筋肉の微細な損傷(炎症)の回復を早めます。炎症が長引くと筋肉の分解(カタボリック)が進みやすくなるため、オメガ3による迅速な鎮静化は筋肥大に有利です。
- インスリン感受性の向上: インスリンの働きを高め、食べた炭水化物(糖質)やアミノ酸(タンパク質)が効率よく筋肉細胞に取り込まれるのを助けます。
- (間接的な)テストステロンサポート: 直接テストステロンを増やす作用は限定的ですが、体内の炎症レベルを下げ、ホルモンバランス全体の安定に寄与します。
- 主な食材 (オメガ3系):
- 青魚: サバ、イワシ、サンマ、ブリ、アジ(EPA・DHAが豊富)。
- 亜麻仁油(フラックスシードオイル): ALAが豊富。非常に酸化しやすいため、非加熱で(ドレッシングやプロテインに混ぜるなど)摂取し、冷蔵保存が必須。
- えごま油: 亜麻仁油と同様にALAが豊富。
- チアシード: 水分を含むと膨らむスーパーフード。
- くるみ: ナッツ類の中で特にオメガ3(ALA)が豊富。
③ 飽和脂肪酸 (SFAs) - 適量を
- 特徴: 肉の脂身、バター、ラード、ココナッツオイルなど。常温で固体または半固体のものが多いです。
- 筋肉への効果: かつては「悪玉」とされていましたが、飽和脂肪酸はテストステロン合成の原料であるコレステロール値を維持するために「適量」は必要であることが分かっています。極端な飽和脂肪酸のカットは、テストステロン低下に直結するリスクがあります。
- 主な食材(良質な供給源):
- 卵(特に卵黄): コレステロール、飽和脂肪酸に加え、ビタミンD、コリンなど筋肉に有益な栄養素の宝庫。
- 赤身肉(グラスフェッドビーフなど): 飽和脂肪酸と共に、タンパク質、鉄分、亜鉛(テストステロン合成に不可欠なミネラル)も摂取できます。
- ココナッツオイル / MCTオイル: これらに含まれる「中鎖脂肪酸(MCT)」は、他の脂質と異なり、すぐにエネルギーとして利用されやすく、体脂肪として蓄積されにくい特性があります。ケトジェニックダイエットやトレーニング前のエネルギー補給に活用されます。
B) 厳格に避けるべき「悪質な脂質」
① トランス脂肪酸
- 特徴: 液体の植物油に水素を添加して固形化する過程で生まれる「人工的な脂質」。
- 筋肉への悪影響:
- テストステロンの低下: トランス脂肪酸の摂取量が多いほど、テストステロンレベルが低いという相関関係が複数の研究で示されています。
- 全身の炎症促進: 体内で強力な炎症反応を引き起こし、筋肉の回復を著しく妨げます。
- インスリン抵抗性: インスリンの働きを悪くし、栄養素が筋肉に届きにくく、脂肪として蓄積されやすくなります。
- 主な食材: マーガリン、ショートニング、ファットスプレッド、それらを使用した加工食品(クッキー、ケーキ、菓子パン、スナック菓子、一部の冷凍食品、ファストフードの揚げ物など)。
※日本では表示義務が緩いため「植物油脂」「加工油脂」としか書かれていない場合も多く、注意が必要です。
② 過剰なオメガ6系脂肪酸と酸化した油
- 特徴: オメガ6系(リノール酸)も必須脂肪酸ですが、現代の食生活では(一般的なサラダ油、コーン油、大豆油、外食、加工食品により)過剰摂取になりがちです。
- 筋肉への悪影響: オメガ6系とオメガ3系の摂取バランス(理想は4:1以下)が崩れ、オメガ6系が過剰になると、体内で炎症を促進する物質(アラキドン酸カスケード)が優位になり、筋肉の回復が遅れる可能性があります。
- 対策: 意識的にオメガ3(魚、亜麻仁油など)を増やし、オメガ6(一般的なサラダ油など)の使用を減らすことが重要です。
3. 筋肥大のための「戦略的脂質摂取プラン」
では、具体的にどれくらいの脂質を、どのタイミングで摂取すれば良いのでしょうか。
A) 理想的なPFCバランスにおける脂質の割合
筋肥大を目指す場合(増量期・維持期)、一般的に総摂取カロリーに対するPFC(タンパク質・脂質・炭水化物)バランスは以下が推奨されます。
- タンパク質 (P): 体重1kgあたり1.6〜2.2g(例:体重70kgなら112g〜154g)
- 脂質 (F): 総摂取カロリーの 20% 〜 30%
- 炭水化物 (C): 残りのカロリー
例えば、総摂取カロリーが3000kcalの場合、脂質はその25%(750kcal)と設定すると、750kcal ÷ 9kcal/g = 約83g の脂質を1日で摂取する計算になります。
重要なのは、脂質の割合を20%未満にしないことです。特にテストステロンレベルの維持を考えるなら、25%〜30%の範囲で、前述した「良質な脂質」から摂取することを心がけてください。
B) 摂取タイミングの最適化
脂質は消化吸収が遅いという特性があります。これを考慮した摂取タイミングが重要です。
- トレーニング直前 (Pre-Workout): 脂質の多い食事は避けるべきです。消化にエネルギーが使われ、トレーニングのパフォーマンスが低下する(胃がもたれる)原因になります。トレーニング前のエネルギー補給は、速やかに吸収される炭水化物(糖質)とアミノ酸(タンパク質)が中心であるべきです。(※MCTオイルは例外的にエネルギー化が早いため、少量なら可とする考え方もあります)
- トレーニング直後 (Post-Workout): 筋肉の修復のためにタンパク質と炭水化物を迅速に届けることが最優先(ゴールデンタイム)です。脂質はこの吸収スピードを遅らせる可能性があるため、ポストワークアウトミール(トレーニング直後の食事やプロテイン)は、低脂質に抑えるのが一般的です。
- 上記以外の食事(朝食・昼食・夕食・間食): 1日の脂質摂取量の大部分は、トレーニングから離れた時間帯の食事で均等に摂取するのが賢明です。例えば、朝食で卵やアボカド、昼食や夕食で青魚や赤身肉、ドレッシングでオリーブオイル、間食でナッツ、といった形です。
- 就寝前: 脂質やタンパク質(カゼインプロテインなど)を摂取すると、睡眠中のカタボリック(筋肉分解)を防ぎ、成長ホルモンの分泌をサポートするという考え方もあります。ただし、総カロリーがオーバーしないよう注意が必要です。
C) 実践!「良質な脂質」を増やす食事例
- 朝食:全卵2個を使ったスクランブルエッグ(オリーブオイル使用)、アボカド1/2個、全粒粉パン
- 昼食:サバの塩焼き定食(玄米)、ほうれん草のおひたし(亜麻仁油をかける)
- 間食:ミックスナッツ(くるみ・アーモンド)一掴み、ギリシャヨーグルト
- 夕食:牛赤身肉のステーキ(グラスフェッド)、ブロッコリーとキノコのソテー(ココナッツオイル使用)
4. まとめ:脂質を恐れず、賢く管理せよ
筋肉を効率よく育てるためには、ハードなトレーニング、十分なタンパク質と炭水化物、そして質の高い睡眠が不可欠です。しかし、それらと同じくらい「良質な脂質」の摂取が、あなたの努力を結果に結びつけるための鍵を握っています。
脂質はホルモン(テストステロン)の原料であり、細胞膜の材料であり、脂溶性ビタミン(A, D, E, K)の吸収を助け、さらには強力なエネルギー源でもあります。
「油=太る」という古い固定観念を捨て、トランス脂肪酸や酸化した油を徹底的に排除し、代わりにオリーブオイル、青魚、アボカド、ナッツといった「筋肉を育てる油」を戦略的に食事に取り入れてください。
脂質を正しく管理することは、テストステロンレベルを最適に保ち、炎症をコントロールし、筋肉の回復を早めるための、上級トレーニー必須の栄養戦略なのです。
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